岐阜まちなか歩き

黷アこにも宮本武蔵が!
'18/01/23


 
正伝寺(しょうでんじ)は、岐阜県加茂郡八百津町にある臨済宗妙心寺派の寺院、号は法雲山です。

正伝寺の歴史、寺にある看板によると。
正傅寺と表記されてます。
この寺は、往古法雲山米山寺と称し今より約500m程東に有り、1340年夢窓国師(七朝帝師)の開基にして七堂伽藍全備の道場で足利尊氏公守衛の地であった。

その後150年間世代不詳であったが、1492年大本山妙心寺第7世東陽英朝禅師が迎えられ開山として住山し妙心寺派に属することとなった
1504年美濃国土岐政房公の祈願所となり1580年には織田信長公祈願所として寺領及び山林等の寄進を受け寺領安堵の御朱印を頂戴した。

米山寺と称していましたが1600年、稲葉方通が父親である一鐡の十三回忌の際、現在地に移し寺号を正傅寺(正伝寺)に改称し寺領と山林の寄進をしています。
その後、1617年に禅門傑僧大本山妙心寺第14世愚堂東寔国師が住山し寺門の興隆に努めた。

国師御手植の椿の古木による椿大門があり、この頃宮本武蔵が国師に参禅するためしばしば寺を訪れたと思われる。
阿吽龍はこの時精神統一のため描いたと思われます。

1676年嗣子なく稲葉家が断絶の後は、尾州公の庇護を受け明治に至った。
このように開基夢窓国師により世々代々国君の祈願所として悠久700年近い歴史に輝く古禅刹である。

この寺には、岐阜県指定重要文化財の室町時代作成の木造十一面観音座像や金銅三具足、江戸時代に造られた愚堂国師筆跡があります。
他、八百津町指定文化財として織田信長公書状など多数あります。
また、寺の宝として前記した阿吽龍、宮本武蔵画や稲葉一鉄画像などがあります。

この寺の場所は、国道418号線より北に入ります、八百津町中心部より西側です。
入り道が分かりにくいですが、その道を入り北詰にあります、北進すると寺の門が有ります。

宮本武蔵と八百津町を調べますと、前にレポートした大仙寺や滝に打たれ修行した五宝の滝が有名ですが、正伝寺もゆかりの寺です。
※取材時と内容が変更になっている場合がありますので、お出掛けの前に、詳細は電話にてご確認ください。

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