岐阜まちなか歩き

鼕e務原金幣社?
'17/02/27


 
各務原市内の金弊社五社めぐり最後は、御井神社(みいじんじゃ)です。
御井神は木の神、水神、安産の神であります。
この周辺は水が豊富であり、各務原市の水源地もこの近くであります。
昔は三井山自体が神社の境内であったそうです。

岐阜県神社庁に掲載の由緒由来は。
御井神社の神様は万物の生育に欠かせない水を司ります水神、水霊であり、神社の古殿地は今も、おいしい水が湧き出ています。
井戸の神様としても名高く、各務原市はここに水源地を求めて上水道を敷き、市の供給水量の80%も戴いております又境川の上流で、濃尾平野の流域の農耕生活の潤いとなり雨乞い、山神事や酒占神事で近郷近在にもよくしられています。

太古の昔この地は栄えて、三井山中腹には立派な御社殿もありました又戦国時代土岐弥一郎はこの山頂に築城し、本社を里宮の現在地へと遷りました。
いま城跡に昔を偲び、御井神社境内古墳と称されて磐座(いわくら)の祭祀遺跡もあり、文化財指定出土品も多く保存されています。
山頂奥宮からは濃尾平野を一望に望められ、麓には御井池があり御井大神の別宮、御井池龍神の社も建立して、一帯を御井池公園と称し市民の憩いに親しまれております。
龍神の霊験は、あらてかで遠く尾張、名古屋方面からも参拝に来られます。

戦国時代土岐氏の土岐弥一郎(三井弥一郎)により、三井山山頂に三井城が築城され、この時に御井神社は三井山の麓の現在地に移転したそうです。
御井神社の一部は分祀され、上中屋(各務原市上中屋町)の天神社(現・天神神社)になったとされています。

三井城は1548年(天文17年)土岐氏と守護代斎藤氏との内紛の最中、尾張の国の織田信秀に攻められ落城しそのまま廃城となりました。
そして御井神社から分祀し、三井山山頂に御井神社奥之宮が創建されました。

毎年4月のはじめの日曜日に酒占(さかうら)神事が行われます。
この神事は、長さ20cmほどの青竹の節に小さな穴を明けそこに神酒を注ぎ紙で穴を塞ぎ御祓いの後池に投げ込み、竹筒が沈めばその年は雨が降り豊作、逆に浮けば日照りで凶作になるとされています。

主祭神は御井神(みいのかみ)。
各務原市指定文化財として、御井神社の狛犬 1対、考古資料(三井古墳出土) 3点があります。

周りは農地と住宅地の混在している閑静なところにあります。

各務原市ふれあいバス東部・南部線(平日・土休日)、循環休日線(土休日)三井町公民館前バス停下車徒歩約3分のところにあります。
※取材時と内容が変更になっている場合がありますので、お出掛けの前に、詳細は電話にてご確認ください。

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